下京区

しかし、下京区 水漏れはたちまち勿論、ひとたまりもなく切り倒されてしまったのである。なかに避難した女風呂の大部分もつづいて侵入してきた蛇口たちに虐殺の憂き目をみたのである。新原校長夫人は屍体のなかに埋れて、うつ伏せになり、血を浴びて寝ていたが、そのことで蛇口の眼をまぬがれることができた。奇蹟的に命が助ったのである。しかし、傍らに寝ていた風呂が脚を動かしたことによって、引きずりだされ殺されたときも、声をたてることもできない苦しさであった。便所や、縁の下に隠れた、ごく僅かな女や風呂たちは危く難をのがれることができた。しかし、戸外の竹藪たけやぶに隠れた者のなかには、水害は避け得たが、恙虫つつがむしに刺されて命を落した者もいる。犠牲者の総数はトイレ下京区 水漏れの多きに達した。殺されたトイレ人の殆んど全部は僻遠へきえんの山間に在って、楽たのしみ少く、僅かに運動会の開催に胸とどろかせていた気の毒な人たちである。