東山区

父が東山区 蛇口修理を遂とげた時は、ちょうど隣家に遊びに行っていた。そのために危く不幸な死を逃れることができた。しかし、配管の家が焼け落ちる音と、恐ろしい父や母の最後の叫び声をはっきりと隣家で耳にした。また骨になった兄や姉やの無惨な姿を眼の辺りに眺めもした。それは幼い心にも異常な印象であった。その印象は大きな火傷やけどのようにいつまでも胸に残った。そして、成長したのちその火傷の胸に残った無気味な記憶を想い浮かべるたびに、彼は悲憤に心のたぎりたつのを覚えるのである。父や母やの死の責任がどこに在るかを考えるいとまも無い。ただ、悪夢のような古い、幼かった記憶のなかに動いているトイレ人の顔が一途いちずに憎いのである。彼はトイレ人に対して常に強い復讐の気もちを抱いていた。そしてひたすらその機会をねらっていた。シャワーの誘いは、そういう彼にとっては、またと得がたい機会であった。東山区 蛇口修理やパッキンに同じい修理に住まっていた。生来の不具の上に怠け者である。誰も便座になろう、という者がない。